介護士のツラさ、話しても通じない

介護士のツラさ、話しても通じない

私は結婚前まで介護士でした。私が辛かったなって思うのは1番は言ってもなかなか通じないことです。

私は認知症の方々がいる施設、グループホームに勤めていました。認知症は記憶が子供に遡ってしまうので昔のことはよく覚えていても最近のことは忘れてしまうのがほとんどです。認知症にもいろいろありますが暴言、暴力の方もいます。

子供と同じでなかなか通じないから先に手を出してしまったり暴言がでてしまうと思うんですが辛かったです。病気だとわかっていてもやめてしまおうか、なぜグループホーム内だけしか知らないのに否定されないといけないの!って毎日思っていました。それから、認知症の人は人にもよりますが入浴拒否をする人も多々います。なるべく言葉がけで優しく接しますがその場では行こうかっていって脱衣所まで来てくれますが、入浴するときに一気に気分が変わり抱えているときに暴れる人もいます。抱えてるとき以外だったら他のスタッフにお手伝いをお願いできますが、抱えていたらお願いもできないのですごく困りました。

あと、何より辛くてしんどかったのが利用者さんの死です。私が在職してるときに亡くなったのが2人です。私は急変したときに夜勤をやっていたわけでもないし、直接的に対応に関わったわけでもないです。施設は看取り介護はしないので病院に緊急搬送って形になり、亡くなったら病院から施設に連絡がくるようになります。たまたま亡くなった日の夜勤は私が担当でした。

免疫がなかったんだと思います。私は最初の方が亡くなった時に辞めようかとも思っていました。自分のおばあちゃんでもない、ただ、働いてずっとみていた方なだけです。でも、その時のリーダーに言われたのがグループホームを始め、施設の方々は死と隣り合わせ。いつ亡くなってもおかしくない人たちがいるところなの。また、こういうことが起きてくるかもしれないの。あなたには強くなってもらいたいし、仕事はできてるのだからもったいないよと言われました。

それからです。私が仕事に対する姿勢が変わったのは。2人目が亡くなったときもショックはショックでした。その方は本当に元気なおばあさんでした。同僚からなくなったよと言われた時に嘘でしょーと言ってしまったぐらい…本当に何が起こるかわからないのが施設なんだと思いました。

本当に辛い出来事ですが、子育てがひと段落したらきっと介護職につくと思います。それくらい素晴らしい仕事だと思っています。

介護士のツラい腰痛

介護士のツラい腰痛

介護士の職業病のひとつとも言われている腰痛。わたしは今まで腰が痛いという感覚さえ今まで味わったことがなかったというのに三年目のころ、ご利用者をベッドから車椅子に移乗する介助の際にグキリとやられました。

ほんのきっかけだっただけで疲労は蓄積していたのであろうと整骨院の先生にも言われましたが、それからというものの仕事中はコルセットが手離せません。わたし以外にも腰痛で悩んでいる介護士はかなり多く、身体介助がどうしてもつきものですから避けて通れぬ道といったところです。自分より体格の良い人を抱えるのは、それこそボディメカニクスであったりコツがあるのですが、未だにちょっとでも油断すると腰へ大ダメージが掛かります。自分の身体を庇いつつ、業務にあたらなければなりませんがご利用者に怪我をさせるわけにはいかないので日々、心身が削れる思いでもあります。

人との関わり合いの上で成り立つ仕事だと強く感じるので、腰痛問題も然りですが言葉の端々ひとつひとつに気を遣いますし、サービス業でもあるなとも感じています。

そして本題の腰痛ですが、わたしの職場ではすこしでも腰痛防止ができればと朝礼前に体操をしたりしています。
本当にぎっくり腰になってしまった日には、日常生活さえままならなくなるので予防は大切です。
一度ぎっくりをやってしまった時は、横になっている時以外痛い、鎮痛剤を飲むしかない、と基本治るまで安静でいるしかないと言われいるのでそれがまた辛かったことを記憶しています。ひどい人は痛み止めの注射に通っている人もいるので、本当に切っても切れない関係にあるのだなと思います。

だからといって労災が腰痛くらいで出るわけではなく、それで休めるわけでもなくと、人員が常に足りないのでこの業界はなかなかしんどいイメージがつきがちですが現にそうであることと辛かったエピソードを挙げだしたらキリがないほどですが、働き甲斐があるとは感じています。

慢性的な腰痛持ちになってしまったので、以前の身体に戻りたいと思うことはかなりありますが、工夫次第でなんとか働けるので現場を離れるのはもう少し先の話かなと、スキルアップをしながら次のステップへと進みたいとは考えています。現場を離れてケアマネージャーなどの資格を取ろうとしている人はわたしだけに限らず多いみたいです。やっぱり現場で動き回るには限界もあるので、選択肢も介護関係だけでもたくさんあるという希望を胸にまた明日も働きます。

過剰介護

過剰介護

私の祖母が入院した時に、自分でトイレやお風呂に行けず、病院のスタッフの方々に助けていただいていました。その度に祖母は申し訳ないけど本当に助かるし、親切で丁寧に優しくしてくれると喜んでいました。それを聞いて、私もそんな誰かの役に立てる仕事に就きたいと思い、介護士になりました。

病院で勤務するようになり、改めて思った事がやはり、誰かのお世話をさせてもらうということは生半可なことではないということを様々な場面で身にしみました。

学生の頃にも実習などにも行き、介護のお仕事を体験していたのである程度は分かっていると思っていましたが、実際働き始めると全く違うと言っていいほどでした。まず、何事にも責任が伴います。身体が不自由で自分ではトイレに行けない、お風呂に行けないという方々のお世話をさせていただくと言う事は、転倒する危険性があるということです。いかに、安全に行えるかは私自身の責任になってくるということがやはりとても大変なことです。特にトイレは利用者様は急いでいたりすると焦って手すりを持ちそこなったり、座位の姿勢になるのが早く座り損なってしまうと転倒リスクが高くなります。もちろん、自尊心や恥じらいをもっておられるので、もたもたして失敗してしまうということもやはり問題になります。なので、リハビリ担当の先生にはトイレ介助で重要なポイントなどを事前に聞き、レクチャーしてもらう事をしています。誰しも失敗したくないので、出来るだけ安全に、迅速にサポートすることを介護師間では伝達を行っています。

また、特に転倒リスクが高いのが入浴です。お風呂に一人で行けないということは、どこかの動作に問題があるからなので、そこの動作はより注意が必要です。しかし、足元が濡れていたり、シャンプーなどで床が滑りやすくなっていたりすると転倒リスクが高くなるので常に注意が必要です。浴室での転倒は骨折や脳挫傷へ直結してしまう危険が高いのでとても注意が必要です。

それぞれの利用者様の身体能力や基本的動作能力、日常生活動作能力のレベルをリハビリ担当の先生に聞き、理解し把握しておくことはもちろんですが、実際にサポートするのは利用者様に対してということが第一です。その利用者様がいつ、どんなことに困っているのかというのを聞いたり、察したりしながら適切なサポートをしなければいけないということが重要です。危ないから、出来ないだろうと決めつけてしまうのではなく、自身で出来ることはリハビリを兼ねて行ってもらい、本当に介助が必要な場面でサポートをすることが介護師の本当の役割であって、過介助にならないようにしなければなりません。

どの場面においても、安全性、安定性、迅速性、実用性に基づきサポートすることももちろん大変ですが、何より過介護になっていないかという判断が難しく、判断を誤れば転倒リスクが高くなってしまったりするので、利用者様を見るということが大変ですがとても重要な事だと思います。

誰かのお世話をさせてもらうということは大変なことですが、とても遣り甲斐のある仕事だと思います。

介護現場、3つのツラい

介護現場、3つのツラい

私が福祉の業界へと転職して、約5年がたつのですが、その中で私が体験したつらい事というのが、大きく分けて3つあります。

・給料の低さ
・社会的地位の低さ
・業務に対する充実感の低さ

以上3つです。

私が、転職して、まず最初につらく感じたのは、やはり給料の低さです。手取りは約半分となり、ボーナスに関しては以前の4分の1程度です。その上、昇給はほぼ期待が持てず、これまで5年間で基本給千円アップが2回のみです。ちなみに前職が1年間で平均1万円ペースでの昇給でしたので、比較してみると、いかに低いかがわかります。

もちろん、働いている職場環境の違いによって、多少の上下はありますが、給料の低さというのは、介護職全体の問題として言えるのが現状です。このことに関して厚生労働省が賃金構造基本統計調査により、各産業の平均月収の統計を出しているのですが、全産業の平均月収が約30万円に対して、介護職の平均月収は約21万円と、約9万円も少ない結果が出ています。正直、私も、給料が下がって、どうしたかというと、生活水準を下げるしかありませんでした。まさに介護ブラックです。やはり、このようなことも含め、給料が低いということは、苦労するところもたくさんあります。

次に、私が感じたつらい事といえば、社会的地位の低さです。正直介護職というのは社会的地位が高い仕事ではなく、どちらかといえば、誰にでもできる仕事という見方が多く、低く見られがちです。

正直私もこれに関しては否定できず、このように感じている人間の一人です。このようなマイナスの感情から、私の中には、羞恥心が存在し、同窓会などの集まりに行ったときに自分の仕事を言うのが恥ずかしくて、とてもつらく感じています。介護職自体には、介護福祉士といった国家資格があるものの、その市場価値は貴はめて低く、試験の難易度自体もそれほど高いわけではありません。そのため、介護職自体の社会的地位が高くなるということは、現代社会における状況下では非常に難しい問題です。

そして最後に、私がつらく感じたことには、業務内容そのものにあります。介護職という業務自体、介助業務(入浴、食事、排泄)が仕事の主となるので、例えばサービス業のように、予算があって結果があってというわけではないので、自分が行った業務そのものにどれほどの価値があったのかという実感が非常に持ちづらい現状があります。そのため、仕事に対しての充実感を得られにくく、モチベーションを保つために非常に苦労しています。
以上が私が感じたつらい内容です。